ヴィクトリアンな世界との邂逅 ② ~中央アジアから『エマ』への道~

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教会の見えるイングランドの町(exact date and place unknown

 

マイ・ヴィクトリアン・こじらせヒストリー

第2期(2000年代~現在)

リーマンショックの波及を受けて失意のどん底にあった2008年から、数年後のこと。ようやく物事に対する興味が再び湧いてきて、昔好きだったものにも目を向けられるようになりました。

 

もともと大学では、内モンゴル自治区の環境史を卒論のテーマに選ぶような人間だったので、やはり15年ほど経っても、その辺りの地域への熱意をこじらせていたらしいですね。中央アジアやモンゴルを舞台にした漫画なんかないかな~と、漫然とインターネットをググっていたら、忘れもしない2017年9月。どうやら、森薫という漫画家が『乙嫁語り 』(KADOKAWA/エンターブレイン)なる作品を描いているらしいことを発見。何ですか、これ……どストライクではないですか⁉

 

www.kadokawa.co.jp

 

ハマりまくったら、とことん熱中し、他の人たちにも語りたくなる筆者は、当然のことながら友人にも『乙嫁語り』について話しまくりました。すると、友人の一人が「あ、その漫画家さんって、『エマ』(同上)も描いてはった人やね」という親切な指摘をくれたのです。それを聞いた時はまだ、「エマ? ああ、なんかメイドさんの恰好をした若いお姉さんね」という、漠然としたイメージしか頭に浮かびませんでした。

 

www.kadokawa.co.jp

 

そういえば2005年頃、紀伊國屋書店のコミック売り場(新宿本店別館アドホックビル2階)に飾ってあった、何やら「EMMA」の題名と眼鏡のお姉さんの絵がデカデカと描かれた看板を見て、「もしやジェーン・オースティンが原作のアニメ?(筆者註:本作はジェーン・オースティンの小説『エマ』とは関係がありません) うーん、どことなく陰気だし、英国モノなんていまいち興味ねーな」と横目で見やりながら、素通りしたことがありました。ああ、今考えると、なんともったいないことをしたのだろうと思います……。おそらくあの大きな看板は、TVアニメ版の『英國戀物語エマ 第一幕』の広告宣伝だったのに違いありません(泣)

 

www.emma-victorian.com

 

しかし、いったん好きになった作家やアーティストの作品は、ことごとく突き詰めるタイプの筆者でしたから、『乙嫁語り』を読み終わった後に『エマ』へ手を伸ばすのは、もう時間の問題でした。実際に全10巻を大人買いし、往復の通勤電車の中では、電子書籍版も読む。当時の日記をめくってみると、「寝ても覚めても『エマ』のことばかり考えている、幸せな時間。」と書かれている。もう病的。

 

2019年は、二度にわたるサイン会に幸運にも抽選で当たることができました。初回は「ハルタEXPO 2019 in 大阪」というイベントで、開催会場は天王寺ミオ店、大槻一翔先生との共同サイン会でした(現在はご両者とも「ハルタ」から「青騎士」へ移籍)。元女子シングルフィギュアスケート選手の佐藤有香さん似(という曖昧で勝手な第一印象)の森先生を前にし、当日はファンレターが許可されていたので、緊張のあまりボーゼンとしながら、何やらお渡しした記憶があります。

 

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ハルタEXPO 2019 in 大阪」の会場にて

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ちょうどクリスマス前に開催された『乙嫁語り』の第12巻発売記念サイン会

 

二度目は『乙嫁語り』の第12巻発売記念ということで、大垣書店イオンモールKYOTO店での開催でした。「髪を下ろして、ヘンリーの眼鏡を掛けているタラスさんでお願いします!」という、たわけた筆者のリクエストにもかかわらず、とても気さくに応じてくださり、喋りながらも描く手は動いている……。gigazineというオンラインマガジンが、公式YouTubeに「森薫さんがエマを描く一部始終」と「サインをもらう人目線で見た森薫さんのサイン風景」の動画をアップしているので、ぜひ森先生の神業をご堪能ください!

 

youtu.be

 

youtu.be

 

乙嫁語り』の中でも、第二の乙嫁こと、タラスというカラカルパク人(Karakalpak/Qaraqalpaq)の女性キャラクターに惹かれるあまり、やがて英国人の民族研究家ヘンリー・スミスと結ばれるであろうという邪推から、つい眼鏡を掛けていただいたという次第です。5人の夫が次々と他界し、薄幸な彼女の半生は、貧しい孤児として辛い少女時代を過ごしたエマの姿と重なり、いつしか眼鏡でつながったというわけでした。めでたしめでたし(※これは明らかなフィクションです)。

 

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競馬に興じるカラカルパク族の少年たち(Tahtakupir, Republic of Karakalpakstan, Uzbekistan)from Wikimedia Commons

 

『エマ』の原作者である森先生と、TVアニメ版で時代考証を務めた村上リコ氏が共著した『エマ ヴィクトリアンガイド』(同上)は、もはやヴィクトリアンな人々にとって必読のバイブルです。別にKADOKAWAの回し者ではありませんが、森先生の手による漫画の各シーンを贅沢に盛り込みながら、入念に調べられたテキストや図版などもびっしりと詰まっていて、本当にこれは名著ですよ。2003年初版から重刷が続き、今でも本書が「在庫あり」というのは、誠に良い時代になりました(笑)

 

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素晴らしきヴィクトリアン研究魂

まあ、筆者の場合は『ラピュタ』に始まり、『エマ』で再燃するという……アニメと漫画のオタク趣味丸出しなわけですが(苦笑)、気鋭の英文学者である北村紗衣氏も、シェイクスピアに初めて興味を持ったのはレオ様版の映画『ロミオ+ジュリエット』だったと述懐されていますから、要するに、きっかけは何でもいいのですよ。興味が深まっていくと、どんどん自ら学びたくなるものなんです。それで人生が豊かになれば、素晴らしいではないですか!

 

また、英国の屋敷・家事使用人研究者である久我真樹氏も、最初はTVドラマやゲームなどのエンタテインメントから入門したと明言されています。「SPQR[英国メイドとヴィクトリア朝研究]」という充実度がハンパない、ヴィクトリアンな愛に溢れたウェブサイトが公開されているので、ぜひとも訪れてみてください。

 

spqr.sakura.ne.jp