ヴィクトリア朝に関連する情報あれこれ:今後のラインアップ

以下、予告編みたいな感じですが、備忘録として、今後取り上げていく作品や人物などをリストアップしてみます。もちろん、現在のリストにない項目も順次追加予定です。

 

<映画>

ジェーン・エア』(2011年版)

アンモナイトの目覚め』(2020年)

『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』(2016年)

ピアノ・レッスン』(1993年)

 

<TVドラマ>

『北と南』(2004年)

高慢と偏見』(1995年)※ヴィクトリア朝ではない

ダウントン・アビー』(2010年~)※ヴィクトリア朝ではない

 

<文学>

エリザベス・ギャスケル

シャーロット・ブロンテ(カラー・ベル)

エミリー・ブロンテ(エリス・ベル)

アン・ブロンテ(アクトン・ベル)

ヴァージニア・ウルフ

エミリー・ディキンソン ※米国の詩人

ジョン・ミリントン・シング ※アイルランドの劇作家

ウィリアム・バトラー・イェイツ ※アイルランドの詩人

トマス・ハーディ

オスカー・ワイルド

チャールズ・ディケンズ

アルフレッド・テニスン

 

<音楽>

ドーラ・ペヤチェヴィチ ※オーストリア=ハンガリー帝国(現クロアチア)出身の女性作曲家

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ

フレデリック・シーオドア・アルバート・ディーリアス

エドワード・ウィリアム・エルガー

グスターヴ・ホルスト

 

<美術>

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー

ジョン・コンスタブル

ウィリアム・ブレイク ※ヴィクトリア朝ではない

 

<建築>

英国内以外にも、世界各国で見られるヴィクトリアン様式の建物などを紹介 

 

<漫画・アニメなど>

『エマ』

『アンダー ザ ローズ Under the Rose

 

<人物>

ハインリッヒ・クーデンホーフ=カレルギー ※オーストリア=ハンガリー帝国の外交官、伯爵

クーデンホーフ=カレルギー光子(旧名:青山みつ)

 

ほか

 

乞うご期待!

ヴィクトリアンな世界との邂逅 ② ~中央アジアから『エマ』への道~

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教会の見えるイングランドの町(exact date and place unknown

 

マイ・ヴィクトリアン・こじらせヒストリー

第2期(2000年代~現在)

リーマンショックの波及を受けて失意のどん底にあった2008年から、数年後のこと。ようやく物事に対する興味が再び湧いてきて、昔好きだったものにも目を向けられるようになりました。

 

もともと大学では、内モンゴル自治区の環境史を卒論のテーマに選ぶような人間だったので、やはり15年ほど経っても、その辺りの地域への熱意をこじらせていたらしいですね。中央アジアやモンゴルを舞台にした漫画なんかないかな~と、漫然とインターネットをググっていたら、忘れもしない2017年9月。どうやら、森薫という漫画家が『乙嫁語り』(KADOKAWA/エンターブレイン)なる作品を描いているらしいことを発見。何ですか、これ……どストライクではないですか⁉

 

ハマりまくったら、とことん熱中し、他の人たちにも語りたくなる筆者は、当然のことながら友人にも『乙嫁語り』について話しまくりました。すると、友人の一人が「あ、その漫画家さんって、『エマ』(同上)も描いてはった人やね」という親切な指摘をくれたのです。それを聞いた時はまだ、「エマ? ああ、なんかメイドさんの恰好をした若いお姉さんね」という、漠然としたイメージしか頭に浮かびませんでした。

 

そういえば2005年頃、紀伊國屋書店のコミック売り場(新宿本店別館アドホックビル2階)に飾ってあった、何やら「EMMA」の題名と眼鏡のお姉さんの絵がデカデカと描かれた看板を見て、「もしやジェーン・オースティンが原作のアニメ?(筆者註:本作はジェーン・オースティンの小説『エマ』とは関係がありません) うーん、どことなく陰気だし、英国モノなんていまいち興味ねーな」と横目で見やりながら、素通りしたことがありました。ああ、今考えると、なんともったいないことをしたのだろうと思います……。おそらくあの大きな看板は、TVアニメ版の『英國戀物語エマ 第一幕』の広告宣伝だったのに違いありません(泣)

 

しかし、いったん好きになった作家やアーティストの作品は、ことごとく突き詰めるタイプの筆者でしたから、『乙嫁語り』を読み終わった後に『エマ』へ手を伸ばすのは、もう時間の問題でした。実際に全10巻を大人買いし、往復の通勤電車の中では、電子書籍版も読む。当時の日記をめくってみると、「寝ても覚めても『エマ』のことばかり考えている、幸せな時間。」と書かれている。もう病的。

 

2019年は、二度にわたるサイン会に幸運にも抽選で当たることができました。初回は「ハルタEXPO 2019 in 大阪」というイベントで、開催会場は天王寺ミオ店、大槻一翔先生との共同サイン会でした(現在はご両者とも「ハルタ」から「青騎士」へ移籍)。元女子シングルフィギュアスケート選手の佐藤有香さん似(という曖昧で勝手な第一印象)の森先生を前にし、当日はファンレターが許可されていたので、緊張のあまりボーゼンとしながら、何やらお渡しした記憶があります。

 

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ハルタEXPO 2019 in 大阪」の会場にて

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ちょうどクリスマス前に開催された『乙嫁語り』の第12巻発売記念サイン会

 

二度目は『乙嫁語り』の第12巻発売記念ということで、大垣書店イオンモールKYOTO店での開催でした。「髪を下ろして、ヘンリーの眼鏡を掛けているタラスさんでお願いします!」という、たわけた筆者のリクエストにもかかわらず、とても気さくに応じてくださり、喋りながらも描く手は動いている……。gigazineというオンラインマガジンが、公式YouTubeに「森薫さんがエマを描く一部始終」と「サインをもらう人目線で見た森薫さんのサイン風景」の動画をアップしているので、ぜひ森先生の神業をご堪能ください!

 

乙嫁語り』の中でも、第二の乙嫁こと、タラスというカラカルパク人(Karakalpak/Qaraqalpaq)の女性キャラクターに惹かれるあまり、やがて英国人の民族研究家ヘンリー・スミスと結ばれるであろうという邪推から、つい眼鏡を掛けていただいたという次第です。5人の夫が次々と他界し、薄幸な彼女の半生は、貧しい孤児として辛い少女時代を過ごしたエマの姿と重なり、いつしか眼鏡でつながったというわけでした。めでたしめでたし(※これは明らかなフィクションです)。

 

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競馬に興じるカラカルパク族の少年たち(Tahtakupir, Republic of Karakalpakstan, Uzbekistan)from Wikimedia Commons

 

『エマ』の原作者である森先生と、TVアニメ版で時代考証を務めた村上リコ氏が共著した『エマ ヴィクトリアンガイド』(同上)は、もはやヴィクトリアンな人々にとって必読のバイブルです。別にKADOKAWAの回し者ではありませんが、森先生の手による漫画の各シーンを贅沢に盛り込みながら、入念に調べられたテキストや図版などもびっしりと詰まっていて、本当にこれは名著ですよ。2003年初版から重刷が続き、今でも本書が「在庫あり」というのは、誠に良い時代になりました(笑)

 

素晴らしきヴィクトリアン研究魂

まあ、筆者の場合は『ラピュタ』に始まり、『エマ』で再燃するという……アニメと漫画のオタク趣味丸出しなわけですが(苦笑)、気鋭の英文学者である北村紗衣氏も、シェイクスピアに初めて興味を持ったのはレオ様版の映画『ロミオ+ジュリエット』だったと述懐されていますから、要するに、きっかけは何でもいいのですよ。興味が深まっていくと、どんどん自ら学びたくなるものなんです。それで人生が豊かになれば、素晴らしいではないですか!

 

また、英国の屋敷・家事使用人研究者である久我真樹氏も、最初はTVドラマやゲームなどのエンタテインメントから入門したと明言されています。SPQR[英国メイドとヴィクトリア朝研究]という充実度がハンパない、ヴィクトリアンな愛に溢れたWebサイトが公開されているので、ぜひとも訪れてみてください。

ヴィクトリアンな世界との邂逅 ① ~『ラピュタ』のふるさとウェールズ~

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ロンドン郊外のサリー州にある王立園芸協会(The laboratory at Wisley Garden, Royal Horticultural Society, Surrey, England

 

はじめに

ヴィクトリアンな森へようこそ。

 

本ブログでは、ヴィクトリア朝(1837年~1901年)に開花した文学、美術、音楽、建築様式、あるいはヴィクトリア朝を舞台にした映画やテレビドラマ、漫画、アニメ作品について、誕生秘話やトリビア的なエピソードを、時には真面目な時代背景などを織り交ぜながら、ご紹介していきたいと思います。いわば、ヴィクトリア朝に関することなら何でも好きに語っちゃえ、という雑木林のようなサイトです。

 

その前に、筆者がなぜこのブログを開設するに至ったかを、少しお話ししておきましょう。

 

マイ・ヴィクトリアン・こじらせヒストリー

第1期(小学校高学年~大学留学)

筆者が初めてヴィクトリア朝への興味を意識し始めたのは、10歳の頃に宮崎駿監督のアニメーション映画『天空の城ラピュタ』を見てからのことでした。より厳密にいえば「19世紀のウェールズ」です。“ウェールズ愛”が昂じて、実家の柱にマジックペンで落書きした「Wales」という文字が今でも残っています。いったいどんな酔狂な小学生だったのでしょうか(笑)

 

劇中、冒険家だったパズーのお父さんがラピュタを撮影した写真の日付が「1868.7」でしたから(著作権上、残念ながら証拠画像は掲載できませんが、興味のある方は一度、DVDなどでチェックしてみてください……笑)、19世紀後半に差しかかる頃、つまりヴィクトリア朝もだいぶ後期のあたりです。パズーが住んでいたスラッグ渓谷のモデルは、ジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』(1941年、原題:How Green Was My Valley)に触発された南ウェールズ地方であることを、宮崎監督はC. W. ニコル氏との対談で明かしています(『TREE(ツリー)』アニメージュ文庫、徳間書店より)。

 

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ラピュタ』に登場するティディス要塞のモデルといわれるカーナーヴォン城(英語:Caernarfon Castleウェールズ語Castell Caernarfon, Gwynedd, Wales

ウェールズについて
古代はブリトンケルト人(Celts)が住み、大陸から来たローマ帝国アングロ・サクソン族による度重なる侵略を受けながら、独自の言語や文化を形成し、13世紀になってイングランドの統治下に入りました。スコットランド北アイルランドと同様、連合王国といいながらいまだ独立の気運が残っており、現在でも道路標識などは英語とウェールズ語の二カ国語で併記されています。

 

ディズニーのアニメーション映画『王様の剣』(1963年、原題:The Sword in the Stone)やオンラインゲームの「マビノギ」は、いずれも中世ウェールズの伝承である『アーサー王伝説』や『マビノギオン』(原題:Mabinogion)を基に作られたといえば、かなり身近に感じる人もいるのではないでしょうか。

 

天然の資源に恵まれたウェールズ地方は、かつて英国内でも有数の石炭の産地であり、大英帝国の繁栄を支えましたが、1990年代にサッチャー政権が石炭から石油へのエネルギー転換を強行し、次々と炭鉱が閉山されました。このあたりの炭鉱閉鎖にまつわる社会的背景は、イングランド北部ヨークシャーの炭鉱町で結成されたブラスバンドを通して、サッチャリズムを痛烈に風刺した映画『ブラス!』(1996年、原題:Brassed Off)によく表れています。ちなみに、邦題ではブラスバンドに由来するのかと思いきや、原題でいう「brassed off」とは「もううんざりだ」「怒っている」という英俗語。いかにも英国らしいウィットと皮肉が込められた、秀逸なタイトルですね。

 

現在のウェールズ各地では、産業革命時代にことごとく樹木が切り倒されて残った禿山やボタ山(捨石の集積場)が再び緑化していることもあり、面積の約20%が国立公園という豊かな自然を保護しながら、往年の歴史とウェールズ文化を伝える観光業が盛んです。

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今なお掘削の跡が残るスノードニア国立公園の山(Snowdonia National Park, Gwynedd, Wales

 

閑話休題。田舎の中学校が嫌で嫌でたまらず、当時の日本は、ネコもシャクシも海外に憧れた留学ブーム。高校卒業後、ロンドンの大学で1年間のファウンデーションコースを経て、3年間の学士課程へと進みました。ひとえに、ジブリオタクが英国留学までしてしまったという経緯なのですが、いや、本気で勉強したんですよ。したんですけど……正直、かなりしんどかった(汗)。学生時代に得た何かしらについては、別のブログで順次連載予定ですので、英国での生活や勉学に興味のある方に、少しでも参考になればと思います。

 

しかし大学卒業後、英国は相変わらず高い失業率に苦しんでおり、同世代の若いホームレスの人たちの姿が路上のそこかしこで見られました。かくいう日本も、就職氷河期の真っただ中。統計上最悪の就職率を記録した年に帰国したのと相まって、長らく一種の燃え尽き症候群に陥り、再び別の形でヴィクトリアンな世界に引き込まれるまでには、その後15年の歳月を待たなければなりませんでした。

(つづく)